mado_souji

町内会長から電話をもらった時は、それが自分あての電話かどうかも、全くわかっていなかった。会ったことも名前も聞いたことがなかったし、郷里を離れもう10年になる。当時の友人たちとも、今は連絡なんて取っていない。ただその電話が親父の死を知らせるものだったので、とにかくお礼を言い、仕事の調整をして、車に飛び乗った。

電話で聞いていたとおり、親父は自宅ではなく、町内で葬式を執り行なう町民会館の方に居た。先に到着した兄貴と業者とで式の準備は進んでおり、俺は兄貴に頼まれたこまごましたものを取りに、5年ぶりくらいに実家に戻った。兄貴と俺がそれぞれ巣立ってからは、親父が一人で住んでいた実家。玄関ドアの横の明かり取りの窓ガラスは、俺たちが住んでいた頃からほとんど拭き掃除をしていないからスリガラスみたいになってる。そのガラスの枠の木の部分に、兄貴と俺の背の高さを刻んでは、親父は成長記録して残していた。その傷も残ったままだ。

ついでに空気の入れ替えをしようとリビングの方へ回ってみると、雨戸は閉まっておらず、窓ガラスにはカーテンがひかれていた。ここのガラスは子どもの頃、庭で野球の素振りをしていて割ってしまったことがあった。家の中に破片が飛び散り、兄や親父も危険にさらされたのだが、親父は怒るよりまず先に、俺の身体を心配してくれた。無事を確認すると親父は、自責の念から泣いている俺を自転車の後ろに乗せて、一緒に町内のガラス屋まで窓ガラスの交換を頼みにいった。電話で済むところを、わざわざ俺を自転車の後ろに乗せて走ったのは、俺を励まし楽しませるためだったのだと思う。

各部屋の窓ガラスを開けて周り、仏間の仏壇の前に座る。仏壇の中には母親の写真がこちらを見て笑っている。そっちに行ったから。親父を宜しくというつもりで、母親に心からの手を合わせた。